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2001年04月

彼は彼なりにいろいろと感じたり、考えたりしながら生きている様です。

2001年04月26日 木曜日

幕末MD作成委員会のページですが、投票期限である4月24日を過ぎたので一端閉じました。投票フォームだけ外せばいいんでしょうけど、CGIをいぢるよりはHTMLで書き直したほうが楽そうなので結果については近いうちに別の形でアップしたいと思います。たぶん、ゴールデンウィーク明けになると思いますが、しばしお待ち下さいませ。

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2001年04月25日 水曜日

昨日書いた博雅が笛を吹いていた橋。もしやあれもセットなのではないかと思い始めた。あるいは太秦とか。どこかに撮影日誌とかないかなー。ところで、掲示板をリニューアルしました。前に使っていたアイコン付きの京都木屋町料亭優希屋の営業再開です。営業再開にあわせて新しいアイコンが大量に追加になりました。筑前屋の鼎さんのアイコンはもちろんですけど、新しいところでは箪笥とか、襖衝立とか気に入ってます。ちなみに長い間、メインの掲示板として使っていたたまりの間は閉鎖しました。

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2001年04月24日 火曜日

火曜日は「陰陽師」の日。NHKのホームページ内にある陰陽師のページを見ると、徳子役の横山めぐみが夜な夜なわら人形を打ちに出掛ける神社は名前が伏せられていて、とある神社となっているが、ドラマの中で「きふねのりゅうじん」と言っていたところから想像すると京都の鞍馬にある貴船神社のことだろうと思う。ここは水の神様を奉る神社で縁結びの神様でもあるから、あるいは昔からこの様なことがあったのかも知れないと想像してしまう。NHKのサイトを覗きに行っても、撮影場所や撮影風景については一切触れられていないので判らないけれど、ドラマの撮影はどこで行っているのだろう。ほとんどがセットを使っての撮影だと思うのだけど、博雅が笛を吹いていた橋だとか、ちょっと行ってみたい気がした。

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2001年04月23日 月曜日

昨日から高札のことが気になってしかたがなかったので、ダメもとで検索をかけてみた。キーワードは「王政御一新 太政官」だったと思うけど、これが思い掛けずヒット。検索結果を順番に覗いていたら、五傍の掲示という言葉に行き当たった。この五傍の掲示というのは明治元年3月15日(1868年4月7日)に出された太政官布告第158号のことで、強訴や逃散を禁止したり、キリスト教を禁止したりと、国民の行動を制限しようとするもの。これを高札として掲示する様に記されており、第一札から第五札までの内容が添付されている。この中の第五札がおぼろげながら、お寺に架けられていた内容と同じ様な気がした。第三札までは「定」となっているのが、第四札と第五札だけは「覚」から始まり、「三月 太政官」で結ばれている。どうやらこれらしい。第五札ということは他に4つあったはずだけれど、1つだけでもきちんと残っているのは凄い。・・・というか、住職に確認すれば良かった。

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2001年04月22日 日曜日

この日は法事があって実家の近くのお寺に出掛けた。法事が始まってから、ふと上のほうを見上げると右端に「覚」とあり、「王政御一新・・・」から始まる高札が架けられているのを見つけた。左端は「三月 太政官」と結ばれており、明治維新に際して太政官から布告されたものであることが判った。ここは小学校の同級生の家で、何度か来たことがあったけれど、なにぶん小学生の頃の話だから歴史になんて興味は無かったし、こんなものがあるということも知らなかった。時間が無かったので、じっくり見た訳ではないけれど、思い掛けないところで思い掛けないものを見つけた・・・気がした。

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2001年04月19日 木曜日

近藤勇と妻ツネの141回目の結婚記念日。のちの新選組局長近藤勇と御三卿のひとつ清水家の家臣松井八十五郎の娘ツネが結婚したのは、1860年4月19日(万延元年3月29日)のこと。近藤勇は、文久元年8月に天然理心流宗家四代目を養父周助より襲名すると文久3年には清河八郎の浪士隊に参加し、上洛してしまうので、二人が共に生活したのはわずか3年にすぎなかった計算になる。京都から聞こえてくる新選組や近藤勇の活躍を妻ツネはどの様に見ていたのだろう。近藤勇が板橋で刑死してから24年後、娘瓊子にも先立たれたツネは寂しく息をひきとった。

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2001年04月18日 水曜日

引き続き、青山霊園の写真を整理中。今回も位置的に逆光にならざるを得ないお墓はいくつもあって苦労したけれど、依然に較べて比較的上手く撮れている様な気がした。それでも光が写り込んでしまうのが回避出来たというレベルの話で、真っ黒になってしまうことに変わりはないのだけど。まあ、真っ黒でも写真が使えるだけ進歩したかな、と。

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2001年04月17日 火曜日

NHKドラマ「陰陽師」の第3回。毎回書いてることだけど、杉本哲太の演じる博雅の朴訥さがいい感じに光っている。ゲストの南野陽子や寺尾聡(準レギュラー的な位置付けになるのかな。)の好演もあって、間延びせずに全体が絞まって感じられた。NHKのホームページの中に「陰陽師」の掲示板があって、いろいろな角度から意見や感想が寄せられているけど、時代考証に関しては僕はこの位でいいんじゃないかと思う。ところで、映画「陰陽師」のサイトがあると聞いて行ってみた。写真が少ないのであまり良くは判らないけど、意気込みは伝わってくる。天野喜孝のイラストがいい感じ。10月6日(土)公開とのこと。

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2001年04月16日 月曜日

昨日歩いた青山霊園の画像をマシンに取り込み、整理を始める。早めにやっておかないと解らなくなる・・・と思ったのだけど、既に幾つか解らなくなってたりして霊園の地図やら友人から貰った資料やらとにらめっこ。4時間ちょっとで100枚近い写真を撮ったのだから、こうなることは予想出来た訳で、メモを怠った自分が悪いと素直に反省。取り込んだ画像を拡大したりしながら健気に作業を続けております。しかし、これだけ歩いて幕末のメジャーな人物しかまわってないのだから、青山霊園の広さって・・・やっぱり凄い。

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2001年04月15日 日曜日

13時に営団地下鉄銀座線の外苑前駅で待ち合わせ。友人2人とミニオフ。青山霊園界隈を歩く。初めての青山霊園は思った以上に広かった。とても当初予定していたお墓を全部まわることなど出来ず、幕末のメジャーな人物のお墓だけを集中的にまわって3時間。まあ、この辺りのことは近いうちに史跡便覧のほうにアップします。しかし、ここ何ヶ月か、史跡散策が出来なかったせいもあり、足腰の弱ってること、弱ってること。半日歩いただけでヘロヘロでした。ビールは美味しかったけど、体力つけないと。

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2001年04月14日 土曜日

この日は、直木賞作家で「戊辰落日」など幕末に関する小説も数多く残された綱淵謙錠の命日。ファンのひとりとして、ご冥福をお祈り致します。

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2001年04月13日 金曜日

明治13年(1888年)のこの日、上野に日本初の喫茶店「可否茶館」が開店した。可否とは、コーヒーのこと。当時は席料1銭5厘、コーヒー1杯1銭5厘、ミルクが付いて2銭だったとか。この「可否茶館」は間もなく閉鎖してしまったが、この「可否茶館」開店の日を記念して4月13日を「喫茶店の日」というらしい。コーヒー豆の輸入自体は明治時代初期からあったらしいけれど、一般的に受け入れられる様になるまでにはまだまだ時間が必要だったということなのだろうか。しかし、何故だか、コーヒーという響きには文明開化を感じますねー。

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2001年04月12日 木曜日

数日前から、先日新設した付録の取り扱いについて悩んでいる。勢いで作っては見たものの、これでは少し使い勝手が悪い様な気がしてならない。例えば、韮山の史跡を時代区分なしで調べたいとき、幕末関連史跡便覧と付録と両方共、トップから辿らなければならない。かと言って、幕末とその他の時代とをいっしょにしてしまうのには抵抗がある。何かいい方法があればいいんだけど。いまのところ、両者の掛け橋になりそうなのは、史跡散策ノートだけ。これを充実させるしかないのか、うむむむ・・・。

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2001年04月11日 水曜日

東洋文庫で欲しい本があり、会社の帰りに遠回りしてわりと大きな古書店に寄ってみた。インターネットで調べたときにはあったのだけど、残念ながら目的の本は見つからなかった。やっぱり、本店のほうだったのか。インターネットで検索し、オンラインショッピングすることも出来るのだけど、購入前に実物を確認出来ないことや郵送料を考えるとなかなか注文する気になれない。僕の場合は性格なのだと思うけど、出来るだけ直接お店に行って買う様にしている。しかし、このお店の本店は町田。会社の帰りにちょっと・・・という訳にも行かない。他の古書店で探すしかないかな。

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2001年04月10日 火曜日

NHKのドラマ「陰陽師」の日。藤原兼家の娘貴子を桜井淳子が演じていた。きっと本意ではないんだろうけど、この人はこういう役がホントに良く似合う。レギュラー陣はというと前回同様、杉本哲太の博雅が良かった。逆に稲垣吾郎の清明が霞んでしまっている様でちょっと寂しい。役柄的に妖しい雰囲気の漂う寡黙な清明を作っているのは判るけど、もう少し自己主張してもいいのにと思う。来週は南野陽子がゲストで登場するとのこと。ところで、夏には違うキャスティングで映画化されるという話があったけれど、そっちのほうはどうなったんだろう。

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2001年04月09日 月曜日

先週から何気に読み直している「陽だまりの樹」。後半になって来ると話の展開も早いけれど、話の内容も重たくなって来る。手塚良仙(良庵)が、伊武谷家に訪れた西郷隆盛に対して、「歴史にも書かれねえで死んでったりっぱな人間がゴマンと居るんだ・・・。」と、言うセリフがある。手塚治虫が6年にも及ぶ連載の中で書きたかったことって、これなんじゃないかなあ、と思う。歴史はひとりの英雄が作るものではない、と。このサイトでも史跡を通して、そういう人達を少しでも紹介して行ければいいんだけどなあ。

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2001年04月08日 日曜日

大河ドラマを見逃した。以下、雑感。先月、伊豆に出掛けて北条時宗の墓だとか、北条氏ゆかりの土地を歩いてから、また俄に大河熱が戻って来て見ているのだけど、この頃の大河ドラマはキレイに出来過ぎている様な気がしてならない。キャストも含めて、もっと、土の臭いが伝わってきそうな映像を作ってくれるといいのになあ。

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2001年04月07日 土曜日

1868年のこの日(明治元年3月15日)、一発の銃声が川路聖謨邸にこだました。官僚として数々の功績を残した川路聖謨の最期だった。江戸城総攻撃が予定されていたこの日、聖謨は腹を切り、拳銃で喉を撃って自殺したという。日本初の拳銃自殺という不名誉な記録と共に68年の生涯に自ら幕を閉じた。勘定吟味役、奈良奉行、大阪町奉行を歴任。勘定奉行兼海防掛に任命されると翌年には全権大使として諸外国との条約の締結に奔走した。しかし、新政府軍が江戸に迫ったことを知り、彼はあくまでも徳川幕府という枠の中で生きることを選択した。

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2001年04月06日 金曜日

NHKで船山馨原作の「お登勢」が始まった。お登勢役に沢口靖子。この頃、防虫剤のCMのイメージばかりが強かったけれど、こうしてドラマで見るとやはり映える。このドラマではお登勢が16歳で行儀見習いを始めるところから北海道に向かうまでの半生記を映像化する。当然、初回は16歳の役なのだけれど、多少の無理はあるものの、演じ切れてしまうところが凄い。この「お登勢」は明治3年の庚午事変をモデルにしているという。庚午事変とは、阿波藩蜂須賀家より淡路島の統治を任されていた家老稲田氏が阿波藩より独立しようとするのを蜂須賀家の家臣が襲撃した事件。モデルがモデルだけにドロドロとした話になりそうだけれど、どの様に映像化するのか、この先が楽しみ。

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2001年04月05日 木曜日

1800年のこの日(寛政12年3月12日)、のちの水戸藩9代藩主となる徳川斉昭が江戸で生まれた。斉昭は治紀の三男だったが、兄斉脩の死に伴い、藤田東湖らの推戴によって藩主となる。改革派を登用し、革新的な政治を行った。しかし、尊皇攘夷の総本山とまで称された水戸藩も、改革派がいれば、保守派がいるもので、斉昭が亡くなると血で血を洗う権力争いが繰り返され、幕末の最も重要な局面で自滅して行くことになる。徳川光圀が基盤を築いた水戸藩であったが、ついに黄門様が現れることはなかった。

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2001年04月04日 水曜日

昨日の話になってしまうけれど、NHKで夢枕獏原作の「陰陽師」というドラマが始まった。安倍清明役には稲垣吾郎、源博雅役には杉本哲太、蜜虫役に本上まなみ。まだ、岡野玲子が漫画化したものしか読んだことがないのだけれど、ストーリーのほうはかなり手が入っている感じ。45分という限られた時間の中に収めなければいけないのだから、これは仕方がないのかも知れない。しかし、思っていた以上に杉本哲太の博雅がハマっていて笑ってしまった。大河ドラマの「翔ぶが如く」の桐野利秋役も良かったけれど、今回の博雅もいい感じ。金曜日には、船山馨原作の「お登勢」が始まる。しばらくはNHKのドラマにハマりそう。

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2001年04月03日 火曜日

先週からの流れで何となく手塚治虫の「陽だまりの樹」を読み直している。読み直しながら、やっぱり上手いと思う。医者が主人公という特異な視点から描かれているせいもあるのかも知れないけれど、これまでこんなにひき込まれる幕末を題材にした漫画というのは見たことがない。特に漫画に詳しい訳でもないし、手塚治虫のファンという訳でもないけれど、これが日本が世界に誇ることの出来る漫画のひとつの形なんだろうな、とそんなことを思った。自分の祖先のことをこれだけの作品として描けるというのも羨ましい。

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2001年04月02日 月曜日

戯曲化された唐人お吉の物語がどういうものであるのか知りたくて、ネットで検索していると、お吉の生誕地というのに辿り着いた。お吉は知多半島の先端にある愛知県南知多町の出身だそうで、4歳のときに家族全員で下田に移ったのだという。南知多町には唐人お吉の像があり、西岸寺の過去帳にはお吉の名が記されているとのこと。明治になってからお吉も2度程、この町を訪れたというが、この町でも風当たりは強かったらしい。物語がどの様な話なのかは結局判らなかったけれど、あまりにも悲し過ぎる現実。物語を知っている人には是非史実の中のお吉にも眼を向けて欲しいと思う。

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2001年04月01日 日曜日

やっと春らしく暖かくなって来たかと思ったら昨日は突然の雪。そして、晴れたと思ったら今日は半袖でもいい位の陽気。これじゃあ、身体がついていけない。すっかり、体調崩して頭痛いし、寒気はするし。完全に風邪ひいた。ぐしゅ。しかし、昨日は旧暦の3月11日。桜田門外の変から8日。この時期に雪が降ってホントにあるんだなあ、とヘンなことに感心。24日の日誌に書いたからって、実証して見せてくれなくてもいいのに。

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